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連載回覧板
(トラックバック数:178、ID:06133) ( 12月18日 17時57分 更新)



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サマータイムブルース...fin [go to zero から]
 研修施設を出て、私は夜の新宿へと歩いて向かった。代々木駅から線路脇の薄暗い舗道を抜けながら、こうして踏みしめる地の感触は、益々自分を曖昧にすると思った。どこが死者でどこが生存者なのか、私には境界が分かり辛かった。時折通り過ぎる自動車のヘッドライトに目が眩む。一〇分程歩くと駅前のロータリーに抜けた。宵の口ではあったが、南口周辺の繁華街は周辺の飲み屋から弾き出た人々で沸き返っている。彼らは無秩序に歩道に広がりながら、コートを羽織る赤ら顔で肩を組み、握手をし、押し問答し、白く酒臭い息を辺り中に発していた。閉店  続きを読む
Date: 2007-02-20 21:55 ID: 4710251

サマータイムブルース...52 [go to zero から]
 研修の最終日、私は新人達に向けての講義を行う様に命じられた。語るべき事は山のようにあるようで、実は何ひとつも無いのだと思った。この種の仕事は現場に出てから、それぞれ個々の感性で対処するしかないのだ。野球と一緒で一〇割はあり得ない。三割程度の完成度で御慰みと言ったところなのだ。せいぜい経験を積んでいくしかない。私はこれから現場に出て行こうとする新人達の希望に充ち満ちる眼差しに射られながら、何とか場違いにはならない程度の、至極当たり障りのない講演を終えた。終了の後は私に対するインタビューの時間が十数分間だけ  続きを読む
Date: 2007-02-20 11:18 ID: 4706090

サマータイムブルース...51 [go to zero から]
 子を遺したまま女が自死したという報を受けたのは、その翌日の事だった。折しも、私は女の元へ男の遺骨を届けるはずだったが、その必要が無くなってしまった。遺書は無かったが、娘が通報出来ぬ事を見越してか、通りに面した窓から家の中を臨み易い位置にロープを括り付けて女は縊死していた。周到に夫を追って逝ったのだと私は確信した。決して好ましかったとは言えない結末に、私は病院側とエージェントの両方から厳しい事情聴取を受けた。停職にはならなかったが新人達と共に一月もの間、再研修を受ける事になった。  娘は一旦保護されたが  続きを読む
Date: 2007-02-19 21:52 ID: 4702248

サマータイムブルース...50 [go to zero から]
 朝一番の予約順で石橋の前に現れた女にはいつもの化粧気も無く、衣類には皺が目立っていた。辛うじて引っ詰めてある髪も、ところどころのほつれ毛にまで気が回っていない様だった。女は石橋に目も合わせず俯いたままで、ただ「持ってきましたから」とだけ言った。石橋は要領を得ず、何の事か聞き返した。女はそそくさと赤いハンドバックの口を開け、中から口元を縛ったスキンを取り出し石橋に差し出した。手に取った薄ピンクのゴムの底には精液が溜まっていた。驚いて石橋が見ると、女は意にも介さぬ風で横を向いていた。あまり表に感情を出さぬ石  続きを読む
Date: 2007-02-19 21:50 ID: 4702236

サマータイムブルース...49 [go to zero から]
「娘を再生して六年目にですね、不具合が出たんですよ。細胞同士の結束が弱くなっていた」石橋は幾度か瞬きをして下を向いた。「状態を改善させる為には、ご両親から遺伝子情報を大至急入手しなければならないと、あの奥さんの方に伝えました。端的に申せば、媒精情報が必要だったという事ですね」 「元が髪の毛だったからですか?」 「そうですね。ある程度問題が起こる事は予測していたのですが、細胞剥離を起こすとは思わなかった。何が不足かは概ね見当が付いていたので、後は娘が持ち得ていなかった情報を受精卵から読み取って、追加更新  続きを読む
Date: 2007-02-18 17:30 ID: 4693190

サマータイムブルース...48 [go to zero から]
 二〇時前に地下の霊安室へ向かった時には、既に中の準備が整っていた。整然とした室内の真ん中には数時間前までは男だった、何か塊の様なものが置かれていた。私はさっさと礼拝を済ませ室内を出た。廊下に石橋が居た。ああお疲れ様です、と石橋医師は声を掛けてきた。 「先生も?」 「ええ。主治医ですから」石橋は白衣だった。特に黒ネクタイを締めている訳でもない。 「我々と、摘出の先生方くらいですかね?」 「そうですね。院長もさっき焼香したと言ってましたけど」医師は軽く辺りを一瞥した。「奥さんは?」 「来る気も無い  続きを読む
Date: 2007-02-18 08:59 ID: 4690812

サマータイムブルース...47 [go to zero から]
 石崎は勝手に納得し頷きながら冷えたコーヒーカップをテーブルに置いた。手術が順調に立ち上がったとの一報を受けて私はようやくレシピエント側からの引き渡し承認を得、医院を辞去する事が出来た。帰りは松山空港までタクシーで向かった。温泉にでも浸かりたい気分だったがそうもしていられない。摘出した残りの臓器の保管手続を行わなければならない。そして摘出完了報告書を作成し、男の葬儀の手筈を整えなければならなかった。但し葬儀は遺体の状況を鑑みて、院内で執り行う場合が殆どだ。これは遺体の引き渡しが必要か、それとも病院側へ管理  続きを読む
Date: 2007-02-17 22:11 ID: 4688289

サマータイムブルース...46 [go to zero から]
「先生は、お長いんですか?」逆に西崎から聞かれた。コーディネータになってからは七年ですが先生なんかじゃあないですから、と私は訂正した。はあ七年もと彼は大袈裟な声を上げた。「ご遺族の方なんかに付き添っとられると、お辛い事もあるでしょうねえ」 「まあそうですかね」等と私は曖昧に答えた。 「でもこうやって命が一つ、いや二つかな、救われとる訳ですから」そう言って西崎は笑った。  まあそうですね。そう言うと私はコーヒーを飲み干した。 「やはりお子さんの再生を申し込まれる親御さんが多いですか?」 「大人の再  続きを読む
Date: 2007-02-17 22:09 ID: 4688282

サマータイムブルース...45 [go to zero から]
 ワンマンバスに揺られ市街に出た後、路面電車に乗り換え10分程走った先に病院はあった。案の定、先方の医師もコーディネーターも私の到着を待ち構えていた。西崎という名札を着けた先方のコーディネーターは「既にオペの準備は整っていますので、早速受け渡しのサインをお願いします」等と挨拶もそこそこに私を急かした。オペ室前の廊下に突っ立ったままで、渡された書面にさっさと目を通し署名すると、やり取りの終了を確認した医師達の手によってジュラルミンの心臓は即座にオペ室へと搬入されていった。慌ただしく何人もの白衣が目の前を通り  続きを読む
Date: 2007-02-17 17:08 ID: 4686625

サマータイムブルース...44 [go to zero から]
「お疲れ様です、石橋です。夜分に済みません」  物静かな声だった。電話は医長の石橋医師からだった。私は彼からの連絡を予測していたので驚かなかった。 「こんな遅くまでご苦労様です。たった今、終了したところです」 「そうですか」そう言ってから一時、電話向こうの石橋は口を閉ざした。何事か物思いに耽っている様が窺われた。院内は空調が行き届いているが、室内に躙り寄ろうとする外気が、窓の四隅から室内を窺い躙り寄ろうと、安穏とする者達を牽制していた。 「最後は取り乱す事もなく、静かに眠りに就かれました」  石  続きを読む
Date: 2007-02-15 23:38 ID: 4674735

サマータイムブルース...43 [go to zero から]
「奥さん、良いんですか? もう時間がないですよ」  私は女を呼び止めた。だが自分のベッドの周りで繰り広げられる物音には全く構わずに、男は相変わらず前方の壁を見据えたまま続けた。 「君たちの事は何もかも」男は再び目を閉じた。「あの晩、君があずさの父親に会いに行っていた事も」しかし彼の表情は穏やかだった。私には彼が笑っている様に見えた。 「奥様はもう出て行かれました」  私は男に告げた。男は変わらず口元に微笑を湛えていた。意識を保てる時間は残り僅かだった。女が出て行き開け放たれたままの扉を見つめながら  続きを読む
Date: 2007-02-15 23:36 ID: 4674714

サマータイムブルース...42 [go to zero から]
 やがて女は夫の体から素早く離れると「さようなら」と言った。「長かったわ、あなた。あたしはこの時が来るのを、ずっと待っていたの。でも今日でやっとお終い」そう言うと女は口元で小さく笑った。 「奥さんどうされましたか、大丈夫ですか?」私は女の様子を確認しようとした。だが彼女は、この部屋に入ってきた時とは打って変わり正常ではない風だった。狂気の目をしていた。私は明らかに怯んだ。この様な目の色をした女を見るのは仕事の上でも日常でも初めての事だった。女は数分後に命を失う自分の夫を蔑む様に見下しながら、静かに笑って  続きを読む
Date: 2007-02-14 21:26 ID: 4665506

サマータイムブルース...41 [go to zero から]
「話し掛けたら、夫は聞こえますか?」  彼女は私に尋ねた。私は頷き、その前に、と言った。「受付でもご説明させて頂いておりますが、再度の確認という事で奥様にこの後の進行について簡単にご説明させて頂きます」  わかりました、と彼女は応じる。私はコーディネーターとして摘出医療法の告知原則に従い、0時を過ぎると同時に彼を仮死状態とし医師に引き渡して後、24時間以内には全臓器を摘出する事や、取り出した臓器の一部は即レシピエントへの提供を開始する事、残りは院内保管する事を説明した。彼女の表情にはこれといった変化が  続きを読む
Date: 2007-02-14 21:24 ID: 4665490

サマータイムブルース...40 [go to zero から]
「そろそろ最後の点滴を入れさせて頂きます」そう言うと男は私から背ける様に顔を窓へ向けた。「ブラインドを上げましょうか?」  男は首を一度、横に振った。そしてゆっくりと首を仰向けて、静かに言った。 「妻を、呼んで頂けますか」  私は立ち上がり、彼の娘に毛布を掛けてやった。傷付いたレコードの様に、毎日の同じ時間に同じ台詞を、永遠に繰り替えし続ける少女。薄い毛布を掛けてやる時に、右手の人差し指でわざと少女の頬に触れた。幼児が寝入る時と同じように熱を持ち火照っていた。男が自分の生命の代わりに手に入れたかった  続きを読む
Date: 2007-02-14 20:06 ID: 4664910

サマータイムブルース...39 [go to zero から]
 あずさが失ってしまった未来の事を想うと悲しくて胸が張り裂けそうになる。ただ確かに、娘が生き抜いた五年という年月が無意味だったとは思えないのだ。たった五年の付き合いでも、父親と母親は永遠に続いていく命の可能性を感じる事が出来た。女の顔を思い出した。昼間、女と沈んでいたあの一刻と暗闇が目の前を過ぎった。失った悲しみではなく、生きてきた時間に目を向ける事。それは非常に困難を要し、時間が掛かる営みに思えた。何故ならこの暮らしを取り巻く全てが豊饒で永遠であると勘違いしていたのだから。遺された者達に与えられた時間の  続きを読む
Date: 2007-02-13 23:39 ID: 4658931

サマータイムブルース...38 [go to zero から]
「考えたくても、」妻は何度も首を振り、嗚咽した。「あの子は生まれて、あたしが産んでからたった五年でこの世を去ってしまって、その意味を考えたくても、何であの日、あの子が遊具から落ちてしまう様な服を着させてしまったんだろうとか、何で履き辛い大きめの靴を買い与えてしまったんだろうとか、こんなに少ししか生きられなかったんなら、あの子がテレビを見たがった時になぜ見せてあげなかったんだろうとか、もっと好きなチョコレートを食べさせてあげれば良かったとか、こんなに時間が無かったのに出来なかった自分が悔しくて悔しくて、あた  続きを読む
Date: 2007-02-13 23:37 ID: 4658919

サマータイムブルース...37 [go to zero から]
 滅多に他人には見せない彼女の動揺を、この部屋で目の当たりにし困惑した。気のふれている妻をこれ以上刺激して良いものなのか、それともこの場は妻の感情を引き出し揺さ振った方が彼女の精神に良い影響を与えるのか、いずれか判断をしかねた。石橋を見たが無反応だった。彼にも妻の本当の状態については何一つ報告していない。彼ら病院側に知れると、あずさの再生手続資格を失ってしまうと思ったからだ。家族は再生した人間を生涯守り続けねばならない。その管理能力は病院側によって厳格に見極められる。長期療養が必要、若しくは回復の見込みの  続きを読む
Date: 2007-02-13 10:42 ID: 4653823

サマータイムブルース...36 [go to zero から]
 妻は幾分か緊張の解れた面持ちで院長に真向かい頷いた。「それは解ります」 「生物はみんなそうよ。個体は環境に適応しようと代謝を繰り返すでしょ。明日を生きる為に細胞は新しく生まれ変わるんよ。それで環境に適応出来とる個体が、今から先の未来を生き抜いていける遺伝子を引き継いでいく。個体から生物全体にバトンタッチするんよ。どんどんバトンタッチしていくんよ。例えあんたらが死んでも、人類は滅びんのよ。あんたらの代で人類全体が終わりはせんのよ」 「存じてます」 「存じとらんよ」院長は息を継いだ。「僕が言いたいのは  続きを読む
Date: 2007-02-12 23:01 ID: 4650739

サマータイムブルース...35 [go to zero から]
 夫婦は一旦顔を見合わせた後、交互に頷き合った。傍らの石橋医師も無言で首を縦に振っていた。この得体の知れぬ病院長の態度が一体どれだけの患者に対して無用な圧力を掛け不快な思いをさせてきたのだろうかと、彼が応接間に入ってきてからはずっと考えていた。国内でも名の聞こえた大病院の代表者ともなれば、患者の各々に立ち入る事も無かろうし、明日この院内ですれ違っても、この男は我々の顔も覚えていないだろうとも。こんな男にとっては我々の事など取るに足らないのだろうと、娘などサンプルに過ぎないのだろうと。だが彼は我々が最も踏み  続きを読む
Date: 2007-02-12 22:58 ID: 4650723

サマータイムブルース...34 [go to zero から]
「娘の部屋に落ちていたものです」妻は質問に答えた。 「部屋のどこよ? 絨毯の上とか机周りとか、枕の上とかあるやろ」 「枕に、着いていました」 「だとすると、」院長は突然上体を起こし、それを強調しようとしているのか威嚇する様な大声を出した。「娘さん、殆ど何も覚えとらんよ。亡くなってから六年目の再生でしょ? だったら細胞片に残っとる記憶、せいぜい娘さんが寝付く前の三、四時間分くらいしか無いんよ。お父さん、あんたどういうつもりか知らんけどね、もう一回考え直してみた方が、ええ事ないですかね」 「劣化の事も  続きを読む
Date: 2007-02-12 21:24 ID: 4649847

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